ねことおとなふたりからさんにん

年齢はただの数字? 

あれから…その3

しのち

施設に入り至れり尽くせりをされ

ただ便秘というだけで持病もない母は1年を過ぎた頃から

「こんなところに一生いるかと思うと…」

「もう諦めた…」

などと言い出し

面会のたびに涙ぐみました


夫は私が行きたがらないので

必ず率先して面会に同行してくれて

じゃあまた一緒に暮らすか?という話になり

今年の夏から3人暮らしに戻りました


今度はもう食事も掃除も洗濯もやらないでいい

とにかく自分自身のことだけはちゃんとしてくれたらいいという約束

これ以上の楽ちんは無い条件です


しかしそのために

私は離職しました


相変わらず何をしでかすかわかりません


洗濯物も出してといっても出さないし

着た服はタンスにしまい

お風呂で脱いだパンツはまた履き

その繰り返し

これは今に始まった事ではないです😅


たまにコソコソと水洗いしたパンツをクローゼットに干して水が垂れるからと注意しても聞く耳もなく


歩かないと歩けなくなるからと図書館に連れ出していたけれど

しまいにはお前が借りてきてこいと言い出すし


ご飯だけはそれこそ夫と同じくらい平らげるし

(でも太らない)


そして何より

ありがとう

ごめんなさい

を言えない


感謝してほしいんじゃなくてね


再同居で私が崩壊して

鬼になっているか無になっているか

夫もさすがにキレていて

でも根が優しいから世話の仕方が違う


そして夫がいうには

お前のことを専属ヘルパーにしたいんだよ

施設で散々いうこと聞いてもらって優しくしてもらったから

それを家でもやってもらえると思ってるんだよ


もちろんそんなことする必要はない

ここは施設じゃなくて

ただ家族が暮らしているんだからと

母にもそう言ってくれた


確かに夫と会話する時と

私との時ではぜんぜん違う

本人はそんな事ないというけれど


良くしてあげたいと思っていたけれど

さすがに今は最低限しかできない


そして母はいう

「何でこんなになっちゃったんだろ」と


こんなに?




あれから…その2

しのち

翌日,市役所に相談したらいいのか?

どこを尋ねたらいいのか?

と車を走らせてすぐに施設を見つけ

いきなりだし失礼だけど飛び込んでしまいました

まだ私は母親思いのところもありましたね😆


運良くケアマネさんがいらして

デイサービスの手配もしてくださって

急なお願いなのに快く受け入れてくださいました



元々他人にはおとなしくみられるタイプだし

外ヅラ良すぎる

この歳になるまで

親の性格わからなかったし

親は1番と育てられたのでわかる必要もなく従う事でした


薬の過剰摂取は未遂だったとはいえ精神科をすすめられ

不安定ということの原因が私との関係となっていました


高齢者というと誰からも大切にされる存在で

気を遣われ優しく声を掛けてもらえて

それにあぐらをかくようになりました


私が心療内科に通いたかったよ


そしてそれから数ヶ月

前代未聞!

身の回りのことを全部やってくれるから施設に行きたいと言い出し

結果的にそうなりました


施設には色々な方がいらして

頭はしっかりしているけれど身体が動かない方

ただひたすらテレビのある部屋で座って居眠りしているだけの方

広告で折り鶴を作って毎回くれる方


職員さんは入社の理由に驚いていましたね

あれから4年半経ちました  その1

しのち


その間に変化した事…

大人が3人になり2人になりまた3人


?ですね


もし良かったら長くなりますが読んでくださいませ


そして長く一緒にいた私達は老後を考えて籍を入れ

猫さんは元気にしています


父が亡くなり母が金銭問題を起こして

思っていたより早くの同居開始


私達は仕事が朝から晩まで忙しいし

母は持病もなく認知症でもないので自分の事だけはやると言う約束でした


ところがもっときちんとした人と思っていた母はとんでもない性格をしていて

(早く実家を出ていたし幼い頃から便利な長女として洗脳されていたせいか気付かなかった事が多すぎた)


何もしたくない

何もしないわよ

何で私がやらなきゃいけないのよ

猫なんか飼ったことないし扱いわからないわよ

(わざとではないと言うがトイレに閉じ込めたこと数回)


ここにも書けないような事をされたし

いい加減頭に来て注意したら

私たちが仕事に行っている間に

持っていた鎮痛剤の過剰摂取


ところが救急隊の方が全部集めたゴミの数と

先生の見立ての症状は合わないと言われ

どこかに捨ててあるはずと

これだけ本当に飲んでいたら

こんな症状では済まなかったよと


自分の思い通りにならないと

何をしでかすかわからない人間だったのをはじめて知りました